経堂の家

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― きっかけは、一枚の模型パース写真から始まった ―
きっかけは、建築家・遠藤氏から一枚の模型パース写真をお送りいただいたところから始まりました。
そこに描かれていた住宅のファサードは、窓のない壁面構成で、一見すると茶道家か芸術家の住まいのような静謐な佇まいをまとっており、そのイメージが私の脳裏に鮮明に残ったことを、今でもよく覚えています。
煉瓦の壁面にはまさにぴったりの意匠であり、「これは面白い仕事になる」と直感的に感じた瞬間でした。
どのような質感で、どの程度のサイズ感、そしてどんなテクスチャーを思い描いておられるのか。
興味は尽きず、つい風呂敷を大きく広げてしまいたくなるのが私の悪い癖でもあり、同時にこの仕事の原動力でもあります。チャレンジ感が旺盛な性分なのです。
まずは、私自身が長年惹かれてきた北欧の煉瓦建築のイメージ写真を数点用意し、色ムラ感や煉瓦に対する具体的なイメージの抽出作業から準備を始めました。
ただし、そこに写る煉瓦には、日本国内の工場では再現が難しい緻密な表情や焼きのニュアンスが混在しています。同じ写真を見ていても、私が反応するポイントと、設計者が感じ取るポイントが異なることも多く、製作者と設計者では、いわば「専用メガネ」が違うのです。
そのため、実際のたたき台となる見本を屋外に並べ、言いたいことをすべて吐き出していただく時間を設けます。
設計者から発せられる言葉のひとつひとつが、次のプレゼンテーションへとつながる重要なヒントとなり、そこから次の試作へ向けた材料が豊富にそろっていくわけです。
私にとってのひとつの基準は、竣工後に一眼レフカメラを手に、ワクワクしながら完成した壁面を撮りに行きたくなるかどうか。
そのイメージが自然と浮かぶ壁面に仕上がるかどうかが、自分自身への評価であり、設計者と施主様から安心してお任せいただくための基本的な準備でもあります。
工場に向かって能書きを垂れたところで、それがそのまま試作品(サンプル焼き)に現れてくるわけではありません。
試作担当者の前に、過去の試作見本を台紙に貼り、工場の語彙を使って具体的な表現で説明を重ねていきます。それでも、試作品はせいぜい2〜3ケース程度。何パーセント、自分の理想に近いタイルが焼き上がってくるのかは、窯の中に入れてみるまで分からない世界です。
あの大きなトンネル窯で、数ケースだけを理想的に焼き上げることは、まさに至難の業です。
ここに、設計者とつながる私たちプレゼンターの大きな悩みがあります。
今回のプロジェクトでも、初回から思い描いた通りの試作が焼き上がったわけではありませんでした。
施主様ご夫婦には、今後目指していくゴールの調整案を具体的にご説明し、修正される再見本への期待と信頼をもって、その場のお打ち合わせを終えることになります。
工場へは、言葉だけでなく、実際に見本焼き担当の陶工のもとへ足を運びます。
怒られる覚悟で、作成手法や技法について意見を交わし、営業マンと見られているであろう私の「何者感」を携えて指摘を重ねていくのです。
笑ってしまいますよね。彼は本職なのですから。
しかし、30年以上にわたり設計者と管理者、そして職人と関わり、ときには自らも職人として現場に立ってきた立場としては、「できません」で済ませるわけにはいかない葛藤があります。
現場職人とも「やればできる」という言葉を何度も交わしながら、数え切れないチャレンジを重ねてきました。
今回の施主様は、初回から煉瓦という素材を積極的に取り入れたいという明確な意志をお持ちで、私の拙い初期プレゼンにも信頼をもって耳を傾けてくださいました。
目標とするゴールは、試作ではなく本焼きにある。その緊張感を最後まで共有しながら進めたプロジェクトでした。
内装の一部では、あえて役物を使わない納まりとし、平物60mmコバ面の裏足の穴(隙間)に養生テープを施し、ブリック目地をペンディングナイフで詰めていくという、タイル職人と目地職人の領域を超えた作業まで自ら手掛けることになりました。
湧き上がる潜在的職人の意地が、思わず表に出てしまった瞬間でもあります。
さらに、本体壁面前の擁壁の笠木にもレンガタイルを使用しているため、新築時から雨水による汚れが付着することがどうしても許せず、質感を変えない撥水剤の塗布作業まで自ら行ってしました。
表面のテクスチャーが決定するまでには、海外の施工例や他建材を参考にしながら何度も絞り込みを行い、色合いについてもタイル単体の発色ではなく、壁面全体としての表情を探し出すまでに長い時間を要しました。
極少数での焼成となった試作品は、微妙な焼き出しとなり、修正を重ねながら完成度を高めていきました。面状にも微細な指示を加え、逆覆輪目地との陰影が重なり合うことで、結果として大変成功した物件となったと感じています。
完成した壁面を前にしたとき、あの一枚の模型パースから始まったイメージが、確かに現実の建築として立ち上がっていることを実感しました。
設計者、施主様、工場、現場職人、そして私たちが同じゴールを見据え、最後まで緊張感を保ちながら歩んだ時間が、この壁面の一枚一枚に刻み込まれているのだと思います。
忘れることのできない、大切なプロジェクトとなりました。
田園都市建築家の会 設計事例
Outline
- 名称
- 経堂の家
- 所在地
- 東京都世田谷区
- 設計
- 遠藤誠建築設計事務所
- 施工
- 匠陽
- 竣工
- 2020年
- 使用タイル
- 炻器質二丁掛60x227x15mm手加工面状ABC
- タイル施工
- 株式会社TLCアソシエイツ
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