知らなかったレンガタイルが、暮らしの風景になるまで

丘陵地から眺める富士山
――「富士山の見える家」、施主様と探した「この家の色」――

施主様撮影夜景画像1.

施主様撮影画像2.
工事が終わり、植栽も入り、施主様の引っ越しも終わった頃、一通のメールが届きました。
「おかげさまで無事に家も完成しまして、引越しも終えてようやく新しい家に住み始めることができました。」
「富士山のみえる家」 Y 様からでした。
メールには、完成したご自宅の外壁を、施主様ご自身が撮影された写真が何枚か添えられていました。
そして、
「もし機会があれば、完成形を観に来ていただければ嬉しいです。」
さらに、
「ホームページやSNSでの掲載も問題ありませんので、良かったら撮影しに来て自社サイトなどに載せてください。」
とありました。
私は、このメールを何度か読み返しました。
施工を担当した者にとって、完成した建物を見に来てくださいと言っていただけることは、もちろん嬉しいことです。
写真をホームページやSNSで使ってください、と言っていただけることもありがたい。
けれど、私が一番嬉しかったのは、そこではありませんでした。
施主様ご自身が、暮らし始めた家の外壁を撮影して、その写真を私に送ってくださったこと。
そのことが、何とも言えずほんとうに嬉しかったのです。
施工者にとって、建物の完成は工事が終わった日です。
けれど、施主様にとっては、そこからが本当の始まりなのだと思います。
朝起きて、窓から外を見る。
玄関を出る。
階段を下りる。
植栽を見る。
道路から自分の家を眺める。
そうした何気ない毎日の中に、私たちがつくったレンガタイルが存在している。
そして、その家に暮らし始めたご夫妻から、
「妻ともども雰囲気のあるレンガタイルに満足しております。」
という言葉をいただいた。
この言葉を読みながら、私は一つの家が完成するまでの、長い時間を思い返していました。
一年半以上前のことです。
まだ建物の姿もなく、外壁にどんなレンガタイルが張られるのかも決まっていない頃。
そもそも施主様は、レンガタイルそのものをご存じありませんでした。
「はじめはレンガタイルの存在は知らなかったのですが、設計事務所の Y さんに教えてもらって採用できて良かったです。」
施主様からいただいたこの一文は、今回の家づくりを考えるうえで、とても象徴的な言葉だと思っています。
最初から「このレンガタイルで家を建てたい」という夢があったわけではない。
知らなかった素材との出会いがあり、それを見て、触れて、比較して、考えていく。
そして、少しずつ「自分の家に使うなら、どんなものがいいのだろう」という問いに変わっていった。
私は今回、その問いの答えを最初から知っていたわけではありません。
むしろ、私自身も一緒に探していったような気がしています。
参考の施工例を見た、その先へ
今回、施主様は設計者から、すでに私が施工した参考事例をご案内いただき、実際の建物をご覧になっていました。
その事例を気に入っていただいていたことも伺っていました。
それは、とてもありがたいことです。
しかし私は、そこで「では、このレンガタイルで決まりですね」とは考えませんでした。
参考事例が良かったからといって、それがそのまま今回の家に良いとは限らないからです。
建物が違う。
周囲の環境も違う。
光の入り方も違う。
外壁の面積も違う。
そして何より、そこに住む人が違います。
同じ素材でも、人が変われば感じ方は変わります。
そこで、もう一度、色々な施工例を一緒に見て回る時間(見学会)をつくっていただきました。
田園調布で集合した日のことを、今でもよく覚えています。
現れたのは、まだ三歳くらいのお嬢さんを連れた若いご夫妻でした。
私はそのお嬢さんを見て、少し身構えました。
というのも、私は孫がいるものですから、三歳くらいの子どもと一緒に何かを見て回るときには、建物やタイルのことだけを考えていてはいけないと思ったのです。
私の子どもたちが使っていたものですが、小さな縫いぐるみを用意しました。
子ども用のお菓子も用意しました。
大人にとっては何でもないことですが、小さなお子さんにとっては、見学会が長くなればなるほど退屈になってしまう。
できるだけご機嫌でいてもらえるように、私自身の孫との体験から思い浮かび、準備しました。
そして、田園調布から目黒、経堂、成城へ。
いくつかの建物を見て回りました。
ここで私が意識していたのは、私自身が「こちらの方がいいでしょう」と判断してしまわないことでした。
私は、それぞれの施工例について、使われているタイルや色、目地、貼り方、建物との関係を説明する。
そして、施主様の反応を待つ。
「これは好きです」
「こちらは少し違いますね」
そんな言葉を聞く。
あるいは、言葉にならない表情を見る。
どこで立ち止まるのか。
どの素材を長く見るのか。
どの色に目が戻るのか。
そうした小さな反応を拾っていきました。ほんの些細なことが、大変なヒントになります。
私は、施主様の「好き」を私が決めてしまいたくありませんでした。
それは、その家に住む人自身の感覚だからです。
「この色」を探すということ
最初にご覧いただいた参考事例の色が、果たして今回のご自宅にもそのまま良いのか。
気に入ってはいただいていましたが、これは、実際に建物になってみなければ分かりません。
そこで、実物のミニ貼りサンプルも用意しました。
レンガタイルは、小さなサンプルだけを見ても分からないところがあります。
一枚で見たときと、壁面になったときでは印象が変わります。
光が当たったときも変わります。
目地が入れば、さらに変わります。
そこで検討したのは、単純な「何色にするか」という問題だけではありませんでした。
グレーなのか。
ブルーを感じるグレーなのか。
少しグリーンを含んだ方向なのか。
あるいは、レンガらしい赤みをどこまで残すのか。
貼り方はどうするのか。
目地幅はどのくらいが良いのか。
いくつかの要素が重なって、初めて一つの壁面になります。
だから私は、色を決めるというよりも、「この家が求めている感覚の中心点」を探しているような気持ちでした。
選択肢を増やすことが、必ずしも親切とは限りません。
魅力的な色がたくさんあれば、施主様はかえって迷ってしまいます。
だから見学の中では、明らかに今回の建物から外れるものについては、私の方から説明をして、少しずつ選択肢を捨てていきました。
これは良い素材だけれど、今回の家には必要ない。
これは魅力的だけれど、今回目指している方向とは違う。
そうやって、迷いを少しずつ減らしていく。
最後に残るのは、「これしかない」という絶対的な答えではありません。
「この辺りが、この家の狙うべきところではないか」
という、施主様自身の納得感です。
私は、この納得感がとても大切だと思っています。
そうした納得感にたどり着くまでには、時間も大変必要です。
ふと思い出したときにいつでも最初の色合いを確認していただけるよう、ご自宅保管用のモックアップも作り、しばらく手元に置いて眺めていただきました。

外壁が決まったあとに、施主様から生まれた新しい発想
今回の家づくりで、私が特に印象に残っていることがあります。
それは、外壁のレンガタイルが決まった後のことでした。
色や素材についての方向性が定まり、いよいよ具体的な施工へ進もうとしていた頃、施主様から設計者へ、
「玄関の天井にも、外壁と同じレンガタイルを貼ることはできないでしょうか。」
というご相談があったのです。
私は、この話を聞いてとても興味を持ちました。
外壁に使う予定だったレンガタイルを、玄関の天井にも使いたい。
もちろん、天井への施工には、壁とは違う納まりや施工上の工夫が必要になります。
タイルに落下防止のリベットを付け、ボンド貼り後にビスで揉み込むことで実現できることになりました。
壁だけではない。
天井にも同じ焼き物の質感が続いていく。
それは、玄関という小さな空間に、かなり強い素材感を与えることになります。
そして私は、ここに今回の家づくりの面白さがあると感じました。
最初はレンガタイルを知らなかった施主様が、外壁に採用する素材を見つけ、実物を見て、考え、迷い、納得していく。
その時間を経た後に、今度はご自身から、
「ここにも同じ素材を使えないだろうか」
という発想が出てきた。
これは、単にレンガタイルを気に入っていただいたということ以上の意味があるように思います。
施主様自身の中で、素材に対する感覚が少しずつ育っていたのではないでしょうか。

そして、しばらくして「床」を考え直す
玄関の天井に同じレンガタイルを使うことが決まり、しばらく時間が経った頃、今度は玄関から道路へ降りていくアプローチと階段の床について、改めて検討することになりました。
そこで今度は、私たちの側から一つの提案をしました。
「外壁と天井に同じ素材がつながるのであれば、床も一般的な石材や四角い床タイルではなく、スリムな40ボーダータイルを使ってみてはどうでしょうか。」
というアイデアです。
一般的には、階段やアプローチの床には、大きな石材や四角い床タイルなどを使うことが多いと思います。
もちろん、それらにはそれらの良さがあります。
しかし今回の建物では、外壁に使用する40ボーダーの細いレンガタイルを床面にも流すことで、階段そのものが一つのデザインになり、歩くための場所が「風景」になるのではないかと考えました。
ここでも、馬貼りの方向性をどうするのか。
縦の流れにするのか、横の流れにするのか。
外壁の流れとどう呼応させるのか。
そうしたことを一つずつ考えていきました。
こうして振り返ると、面白い順序だったと思います。
最初に外壁が決まりました。
その後、施主様から天井へ同じタイルを使いたいという発想が生まれた。
そして、しばらくしてから、今度は私たちから床への展開を提案した。
施主様の発想と、つくり手側からの提案が、少しずつ重なっていったのです。
気がつけば、壁、天井、床が同じ質感の焼き物でつながる空間になっていました。
私は、この状態こそ、施主様が「ものづくりに参加している」と感じられる、とても良い環境だったと思っています。

つくる側も、更に気が引き締まってきた
施主様がそこまでご自身の家について考えてくださると、つくる側もさらに熱中せずにはいられません。
「この色でお願いします」
と決めたら、工場でそれをつくらなければならない。
しかし、レンガタイルという素材は、工業製品のように数字やデータだけで完全に説明できるものではありません。
今回目指したのは、凹凸の忠実な平均値を持ちながら、赤みに寄らず理想的な窯変を表現すること。
グレーを基調に、ほんのりと少しブルーやグリーンを感じる、アーバンな方向。
そして、決してわざとらしさが見えてもいけない。
人工的な均一さではなく、焼き物としての自然な揺らぎも残したい。
この微妙なところを、製作工程の中で実現しなければなりませんでした。
現地には、同色系でありながら微妙に違う過去の試作品やモックアップを5~6点並べました。
その中で、施主様と一緒に確認した感覚を、今度は工場へ持ち帰る。
「この方向です」
という言葉だけでは足りない。
どこまで赤みを抑えるのか。
どこまでグレーに寄せるのか。
表面の表情をどうするのか。
焼成後にどの程度の揺らぎを許容するのか。
製作する陶工からすれば、「そこまで細かく言うか」と思われたかもしれません。
少し嫌がられたかもしれません。いや、「またいつもの面倒な奴が来た」と思われていたかもしれません。
それでも、今回も妥協したくありませんでした。
現地で施主様と一緒に探した「この色」を、工場の都合で別のものにしてしまうわけにはいかなかったからです。
施主様と一緒に探した時間そのものを、製作工程の中まで持っていく。
それが、今回の私の役割の一つだったように思います。「私自身が強く感動したい」――そんな気持ちでした。
シンプルな壁ほど、誤魔化せない
今回の正面外壁は、とてもシンプルです。
大きな壁面があり、正面の駐車場シャッター部分だけが大きな開口となる。
だからこそ、レンガタイルの一枚一枚と、17mmの目地がつくる陰影が、そのまま壁面全体の表情になります。
複雑な形の建物なら、視線がいろいろな場所へ逃げていきます。
しかし、シンプルな壁面には逃げ場がありません。
タイル割りが少しでも不自然なら分かる。
目地の揃い方も分かる。
端部の納まりも分かる。
タイルと目地の表面上の質感も分かる。
だから施工中は、外構の擁壁を含めて、タイル割りをできるだけ正規の寸法で終えられるよう、職人にもかなり協力してもらいました。
レンガタイル一枚一枚を見るというよりも、壁全体を一つの大きな「焼き物の集合体」として見せたかったのです。
左右へ伸びるレンガタイルの広がり。
17mmの目地がつくる細かな陰影。
焼き物ならではの一枚一枚の微妙な違い。
正面の大きな壁面が、静かに、しかし確かな重量感を持って立ち上がってくる。
完成に近づくにつれて、その姿が少しずつ見えてきました。
頭の中にあった壁が、現実になっていく
私は、設計者から最初にパースを見せていただいたときのことを覚えています。
そのとき、まだ現場には何もありませんでした。
しかし、そのパースを見た瞬間から、私の頭の中には完成した壁面の姿が何となく浮かんでいました。
「この建物に、こういうレンガタイルが張られたら、きっと綺麗だろう。」
それは、あくまで頭の中の景色でした。
ところが、施工が進み、タイルが一枚ずつ張られていく。
目地が入り、壁面がつながっていく。
完成間近になるほど、その頭の中にあった景色が、現実のものとして目の前に現れてきました。
今回は、私自身もかなり施工に手を掛けました。
だからこそ、その変化を毎日のように見ていました。
そしてある時、ほぼ完成した壁を前にして、私はただ、
「ほんとに綺麗だな……」
と思いました。
それ以上、うまく言葉にできませんでした。
外壁のレンガタイルは、単に色が良いだけではありませんでした。
一枚一枚の焼き物の表情。
光が当たる場所と陰になる場所。
17mmの目地がつくる陰影と素材の同化。
それらが重なって、壁全体が一つの大きな素材のように見えてくる。
そして、アプローチへ進むと、さらにその感覚が広がっていました。
床、壁、天井。
同じオリジナルカラーの焼き物が一帯となっている。
そこへ自然光が入り、人の手によってつくられた素材の微妙な揺らぎが浮かび上がる。
私は、その表情が愛おしくさえ感じられました。
施主様が「選んだ家」になるまで
工事の途中、施主様は何度も訪れ、製作過程をご覧になりました。
現場での確認。
モックアップで得たイメージの比較。
色の確認。
そして、完成に近づいていく建物。
最初はレンガタイルをご存じなかった施主様が、最後にはその素材について、ご自身の感覚で考え、使う場所まで提案されるようになった。
これは、私にとって非常に嬉しいことでした。
私は、家づくりというものは、専門家だけがつくるものではないと思っています。
もちろん、設計者には設計者の仕事があります。
施工者には施工者の仕事があります。
メーカーにはメーカーの仕事があります。
けれど、そこに住む人の感覚は、その人にしか分かりません。
「なんとなく、こちらの方が好き」
「この感じは少し違う」
「ここにも同じ素材を使いたい」
そういう言葉の中に、その家だけの答えがあります。
今回、私がしてきたことは、その答えを当然私が決めることではありませんでした。
できるだけ多くの実物を見ていただき、違いを説明し、必要のないものを一緒に捨て、最後に残った感覚を、素材として実現する。
その繰り返しだったように思います。
だから私は、今回の仕事を「レンガタイルを納めた仕事」とだけは考えていません。
施主様と一緒に、一つの素材のあり方を探した仕事だったと思っています。
そして、暮らしが始まった
植栽が入り、建物の周囲が整い、施主様の引っ越しが終わりました。
工事中は、どうしても職人の目で建物を見ています。
タイルの割付は大丈夫か。
目地は揃っているか。
納まりは問題ないか。
色は狙い通りか。
施工者にとっては、それが重要です。
けれど、施主様が暮らし始めた後の建物は、もう施工者のものではありません。
朝の光が入り、植栽が揺れ、家族が玄関を出入りする。
階段を上り下りする。
その生活の背景として、レンガタイルが存在する。
そして、その状態になった家を施主様ご自身が撮影してくださった。
私は、その写真を見ながら、少し不思議な気持ちになりました。
工場で焼いたときには、一枚のタイルでした。
現場に運んだときには、まだ材料でした。
施工中は、一枚一枚を張っていました。
それが今は、壁になり、床になり、天井になり、一つの家の風景になっている。
そして、その風景の中でご夫妻が暮らしている。
その写真を撮ったのは、私ではありません。
そこで暮らしている施主様です。
そのことが、何より嬉しかったのです。
つくる側にとって、いちばん嬉しいこと
私は、レンガタイルという素材を長く扱ってきました。
これまでにも、たくさんの建物に関わってきました。
そのたびに、色を考え、形を考え、目地を考え、施工を考えてきました。
けれど今回、施主様からいただいたメールを読んで、改めて思ったことがあります。
ものづくりというのは、こちらが答えを用意して、それを相手に渡すことではないのかもしれません。
知らない素材に出会い、
「これが自分の家に合うのだろうか」
と考える。
実物を見て、
「これは好きだ」
「これは違う」
と感じる。
迷いながら、少しずつ選択肢を減らしていく。
そして最後には、自分自身の感覚で、
「これでいい」
と思えるところまでたどり着く。
その過程に、設計者がいて、施工者がいて、メーカーがいる。
それぞれが自分の役割を果たしながら、施主様の中にあるまだ言葉になっていない感覚を、少しずつ形にしていく。
今回の家づくりでは、最初はレンガタイルを知らなかった施主様が、最後には外壁だけでなく、玄関の天井にも同じ素材を使いたいと考え、さらに床についても一緒に考えてくださるようになりました。
私は、それが今回の仕事の一番嬉しいところだったように思います。
レンガタイルを「採用していただいた」のではなく、
施主様自身が、その素材を自分の家の中でどう生かすかを考えるところまで、一緒に進むことができた。
それは、つくる側にとって、とても幸せなことです。
施主様から届いた写真には、植栽が入り、自然の光を受けた外壁が写っていました。
その写真を見ながら、私は一年半以上前に初めてパースを見せていただいた日のことを思い出しました。
まだ何もできていなかった家。
まだ決まっていなかった色。
まだ知らなかったレンガタイル。
そこから、たくさんの人が考え、迷い、選び、つくり、張り、ようやく今の風景になった。
そして今、その家にはご家族の暮らしがあります。
施主様からいただいた、
「妻ともども雰囲気のあるレンガタイルに満足しております。」
という言葉は、私にとって何より嬉しい完成報告でした。
そして、
「もし機会があれば、完成形を観に来ていただければ嬉しいです。」
という言葉。
私は、ぜひ伺いたいと思っています。
工事をするためではなく、今度は一人のつくり手として、その家で始まった暮らしを見に行きたい。
レンガタイルを知らなかったご夫妻が、ご自身で選び、ご自身の感覚で育てていった家が、これからどんな風景になっていくのか。
それを見届けることも、私たちの仕事の続きなのかもしれません。
一枚のレンガタイルが、壁になる。
壁が、家の表情になる。
そしてその家が、ご家族の暮らしの風景になる。
今回、施主様からいただいた一通のメールと、何枚かの写真を見ながら、私はあらためて、ものをつくる仕事の喜びを感じています。
