2026.02.02

数平米の壁に、夢中になる

― 設計者と一緒に悩むということ ―

建築の建材受注の世界に長く身を置いていると、ある種の「空気」を感じることがあります。
それは、とくに営業マン同士のあいだに漂う、仕事の大きさを競い合うような空気です。

「今回の現場は何千平米だ」
「いや、こっちは何万平米規模だ」

そんな言葉が、あたりまえのように交わされる世界です。
若いころ、組織の中で活動していた時代の私は、上司も含めてそうした会話が流れる環境に身を置いていました。

大きな案件を取った者が評価され、誇らしげに語り、それを周囲がうらやましがる。
今思えば、それが悪いわけではありません。組織としては健全な側面もあったと思います。

けれど、心のどこかで、ずっと引っかかっていました。
「自分は、本当にその世界に向いているのだろうか」と。

独立してから、仕事の景色は大きく変わりました。
直接、建築設計の主宰の方と向き合い、住宅の外壁について、ああでもない、こうでもないと一緒に悩みながら進める日々。
色、質感、形状、目地、納まり、周囲の環境、施主様の好み。
ひとつとして同じ答えはなく、その都度、立ち止まりながら考える。

その時間が、なんとも言えず、楽しいのです。
正直に言えば、胸の奥が少し温かくなるような、そんな感覚があります。

住宅というスケールは、大規模建築に比べれば小さいかもしれません。
けれど、ひとつひとつの判断の密度は、むしろ濃い。
数平米の壁に、何時間も悩むこともあります。

さらにそこに、施工に関わる職人が加わります。
タイル職人、目地職人。
それぞれが自分の持っている技を、遠慮なく出し合う。

「このレンガなら、目地はもう少し寝かせたいですね」
「いや、ここは立てたほうが陰影が出るかもしれない」

そんなやり取りが生まれます。
言葉は多くなくても、通じ合う瞬間があります。
その空気が、私はとても好きです。

小規模案件の内装の一部や、ファサードの一部分だけの外壁。
正直、メーカーに相談するのは気が引ける、と感じる設計者の方が多いことも知っています。
「こんな少量で相談していいのだろうか」
「忙しそうだし、断られるかもしれない」

その気持ちは、とてもよく分かります。

大手建材メーカーや、売上目標を背負ったサラリーマン営業であれば、数量が小さい案件はどうしても後回しになるでしょう。
それも、仕方のないことだと思います。

けれど、私にとっては違います。
数平米の壁を、設計者と専門的な会話をしながら、どう効果的につくるかを考える。
そのプロセスそのものが、何よりの喜びです。

たとえ、キッチンバックの数平米のレンガタイルであっても、
「内装のポイントとして、素材感をどう出すか」
「光が当たったとき、どんな表情になるか」
そんな話をしながら進めていく。

施工が終わったあと、
「こんな効果も出るんですね」
と、設計者の方や施主様と一緒に話せる時間。
これは、本当に最高のご褒美です。

もちろん、特注タイルで納める現場は、やりがいがあります。
時間もかかりますし、責任も重い。
完成したときの達成感は、格別です。

ただ、住宅で全面外装タイル貼りというのは、そうそう多くはありません。
現実的な予算や計画の中で、部分的にレンガタイルを使うケースがほとんどです。

数量によっては、国内でセレクトした既製のレンガタイルを推薦することもあります。
そのうえで、我々タイル職人や専門の目地職人が、少しだけプライドを見せる。
「素材は既製品でも、表現で差を出そう」
そんな気持ちで現場に集まります。

ありがたいことに、仲間たちは
「面白そうだね」
と、すぐに集まってくれます。

だから本当は、
「何気ない部分にこそ、レンガタイルを使ってほしい」
そう思っています。

設計者の敷居を、もっと低くしたい。
「数平米だけど、相談してみようかな」
そう思ってもらえる存在でありたい。

ただ、この協力体制を、計画段階で知っていただくことは、いつも難しいと感じます。

そもそも、数平米の目地ひとつに夢中になる人間がいる、という前提自体が、一般的な建築の世界では想像しづらいのかもしれません。
それも、仕方のないことです。

けれど、現実にはいます。
夢中になって語り合う人たちが。

そして、そのやり取りに、施主様まで巻き込んでいく。
「まさか、ここまで考えてくれるとは思わなかった」
そう言われる瞬間があります。

ものづくりは、いつの時代も、人と人とのあいだで生まれるのだと思います。
規模の大小ではなく、関わり方の濃度で、記憶に残る建築になる。

私は、レンガタイルという、極めて限定された素材を扱っています。
正直に言えば、それしかできません。
でも、それでいいと思っています。

今日もどこかで、私と直接関わりのない一枚のレンガタイルが焼かれ、
今日もどこかで、私と直接関わりのない一面の壁がつくられています。

それでも、もしその前に立ったとき、
「ああ、もう少しここをこうしたら…」
と、ほんの一瞬でも考えられる自分でありたい。

そして、そんなことを一緒に考えてくれる設計者の方と、出会えたら。
それだけで、この仕事を続けてきてよかったと思えます。

未来の施主様へ。
もし、建築のどこかに、レンガタイルを少しでも使いたいと思ったなら、
ぜひ、素材の話を楽しんでくれる設計者を探してみてください。

心の奥底を理解し寄り添い、正解を押し付けるのでもなく、
一緒に悩んでくれる人。

その人と出会えたとき、
数平米の壁が、きっと特別な場所になるはずです。

そんな未来を、私は静かに願っています。

「レンガタイルの壁」好きな人々には、煉瓦はやさしく応えます。