設計者と施主の「迷い」を「確信」に変える、レンガタイルの対話学

── 特注製作の枠を超え、最終設計の成功に並走する思考の分析
第一章:設計者が描く「パースの光」を、質量ある「現実」へと翻訳する
設計者がプロジェクトの初期段階で描くパースには、単なる色の付いた図面以上のものが込められています。そこには、その土地の風土、朝の光が壁面に落ちる角度、雨の日にしっとりと濡れる質感が、一つの「思想」として凝縮されています。しかし、その理想を形にするための「レンガタイル」という素材は、あまりにも気まぐれで、奥が深いものです。
設計者が「この淡いベージュをベースに、少し煤けたような表情が欲しい」と望んだとき、それはデジタル上のカラーコードで解決できる問題ではありません。一枚のタイルからはどの発色からスタートすべきか、原料配合比率と酸化還元の強さをどこで止めるのか、そして壁一面に広がった時に「面」としてどう立ち現れるのか。
私のような特注タイルの製作者に求められているのは、単に「似たものを作る」ことではありません。設計者の脳内にある「抽象的な美」を、施工法はもちろんのこと、下地、割付、安全性、そして数十年後のメンテナンス性までを含めた「具体的な解決策」へと翻訳し始めなければなりません。
多くの建材メーカーは、在庫品なので自社製品のスペックを語ります。しかし、アトリエ事務所の主宰が求めているのは、カタログのスペックではなく、自分のビジョンを共有し、施主という「最も大切な、しかし最も不安を抱えた存在」を共に説得し、納得させてくれるパートナーであると思っています。私は、その重責を担う覚悟を持って、設計者様の会話に参加しています。
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第二章:情報の「引き算」が、真の選択を可能にする ── 予備見学の戦略
設計者が提案するタイルに対して、施主様が「本当にこれでいいのでしょうか」と迷いを見せるとき、その原因の多くは「情報の過多」にあります。インターネットで検索すれば、無限の事例が出てきます。知人の家、SNSで見た邸宅、立ち寄ったレストランの壁。それら断片的な情報が、施主様の判断基準を曖昧にさせてどんどん深みに引き込みます。
そこで私は、設計者様と一緒に施主様を連れ出し、「予備見学」というステップを踏みます。ここでの目的は、あえて「不必要な情報を削ぎ落とす」ことにあります。ここが可能な方と不可能な方がいらっしゃるので、一緒に見て廻ることに興味を持っていただければ、まず成功といえます。
1. 「NO」を言語化するプロセス
私は、設計者の意図に近いものだけをお見せするような安易な誘導はしません。むしろ、あえて「これは施主様の好みではないはずだ」と予測される、少しズレた事例もフラットに見学のラインナップに加えます。 「このレンガの質感は、少し表情が強すぎて、先生が目指している静寂な空間には合いませんよね」 「この色は、晴天時はいいですが、曇り空の下では少し冷たく見えすぎてしまいます」 そうした比較の中で、施主様自らが「これは違う」と口にする。この「NO」の積み重ねこそが、思考のノイズを取り除き、設計者が最初に選んだ「正解」の輪郭をはっきりと浮かび上がらせるのです。
2. 情報を勝手に「検閲」しない誠実さ
プロである私たちは、ついつい「これは見せるまでもない」と選択肢を絞ってしまいがちです。しかし、施主様にとっては、その「見せてもらえなかったもの」の中に正解があるのではないか、という疑念が迷いの火種になります。 私たちは、マニアックなまでに詳細な比較を提示します。焼きムラの出方、土の粒子の粗さ。それらを「隠さず、全て見せた上で、一緒に捨てる」。このプロセスを共有することで、施主様は「消去法」ではなく、自らの意志による「選択」を行ったという、強い自負を持つことができるようになります。
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第三章:視覚認識の罠を解く ── 「目線」が決定打となる
施主様が陥りやすい最大の罠は、「小さなサンプルを、手元の明るい場所で見て決めてしまう」ことです。しかし、建築は季節や天候、時間によって環境が変わり、距離によって全く異なる表情を見せます。同行見学の際、私は「判断すべき目線」を、施主様が「にんまりする位置」をプロの視点で探します。新築時にどの位置に立って「美しい壁になって満足」と最も感じられるのかと。
1. 遠景の「マッス」と、近景の「テクスチャ」
「先生、ここはまず道路の向かい側から見てみましょう」 そう言って、私は施主様を建物から十数メートル引き離します。そこで見えるのは、タイルの色ではなく、壁面全体の「塊(マッス)」としての表情です。太陽の動きによって生まれる大きな陰影。街並みの中で、その建物がどう誇り高く立っているか。 次に、玄関先まで歩み寄り、指先で触れられる距離まで近づきます。ここでは、タイルの凹凸、目地の細かな揺らぎや質感、焼成の神秘的な色斑が作るミクロな景色を楽しみます。 「遠くから見た時の安心感と、近づいた時の発見の喜び。この両立が、飽きない家を作るのです」 この二つの視点を交互に体験することで、施主様の脳内ではパースの2次元データが、3次元の豊かな建築体験へと書き換えられていきます。ほんとうに、何度体験してもそのようになっていきます。
2. 「光」の移ろいを計算に入れる
また、私は同じ現場に時間を変えて訪れることすら厭いません。朝の冷ややかな光、午後の力強い直射日光、そして夕暮れ時の赤みを帯びた光。レンガタイルは、その瞬間ごとに大きく異なる顔を見せます。 「このタイルは、夕暮れ時に最も美しく表情を変えるように仕上げています」 という私の解説は、施主様の将来の暮らしに対する期待値を最大化させます。
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第四章:ディテールという名の神 ── 目地、割付、そして下地の論理
設計者が描く美しさを、現実に「成功」させるためには、美学を支える強固な「工学的裏付け」が必要です。施主様の不安は、美しさへの疑問よりも、むしろ「機能的な不安」にあることが多いものです。
1. 目地はタイルの「呼吸」である
タイルの幅、目地の深さ、そして色。これらは単なる飾りの選択ではありません。 「目地を1ミリ深くするだけで、壁にはこれだけの影が落ちます」 「打ち継ぎ目地(伸縮目地)をどこに配置し、いかに意匠を壊さずに構造の動きを吸収するか。それが10年後の美しさを左右します」 問われる前に、私は、意匠と機能が衝突する場面で、常に「第三の解決策」を提示します。設計者のこだわりを、施工性の難しさという理由で諦めさせない。下地から施工法まで、並走して解決策を練り上げる姿勢こそが、アトリエ事務所の主宰様から信頼をいただく所以であると思っています。
2. 縦張りと横張りの「認識論」
人間は、水平の線に「安定と伝統」を感じ、垂直の線に「緊張と現代」を感じる動物です。同じレンガタイルでも、その張り方向一つで、施主様が感じる「我が家の性格」は変わります。 私は実際の施工事例を前に、「なぜこの家は縦張りにしたのか、それによって設計者はどんなメッセージを込めたのか」を代弁します。設計者の感覚的な判断を、私が「人間の認識心理」や「構造的合理性」として言語化する。この連携が、施主様の「納得」を「確信」へと変えていきます。
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第五章:失敗を語り、メンテナンスをデザインする
私は、特注タイルの「良いところ」だけを語る人間を信じません。自然素材を使い、窯の複雑な環境を乗り越えて焼き上げるレンガタイルは、工業製品のような均一性は現代においても持てないからです。
1. 失敗の経験を「知恵」に変えて共有する
「過去に、こうした施工条件で白華(エフロレッセンス)が起きてしまったことがありました」 「この素材は、吸水率の関係で、北側の壁面では苔がつきやすい傾向にあります」 私はあえて、過去の課題や失敗の可能性を包み隠さず話します。そして、それを防ぐために今回のプロジェクトでどのような特殊な処理を施すのか、どのような下地設計を行うのかを具体的に提示します。 リスクを透明化し、それに対する「防波堤」を論理的に説明すること。これこそが、こだわりは強いが専門知識を持たない施主様を、真に安心させる唯一の方法です。
2. 「古くなる」のではなく「育つ」という価値観
施主様が最も恐れるのは、引き渡しの日が美しさのピークで、あとは劣化していくだけという未来です。私は、30年以上経過したレンガの事例をお見せしながら語ります。 「レンガは、汚れるのではなく、風景の一部になっていく素材です」 時間の経過とともに、落ち着き、色が深まり、周囲の植栽と馴染んでいく。メンテナンスの手間も含めて、その変化を愛おしむ「豊かな暮らし」のイメージを共有します。設計者が目指す「持続可能な美」を、私は素材の寿命という観点から解説します。「汚れますか?」という質問は常にありますが、汚れの認識に触れながら限界値を測ります。
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第六章:設計者の孤独を解消するパートナーシップ
アトリエ設計事務所の主宰は、孤独な存在です。施主様の夢を背負い、予算の制約と戦い、現場の職人と折衝し、あらゆる判断の責任を一心に引き受けています。特に、特注品という「完成まで正解が見えないもの」を扱うストレスは、計り知れません。
私の役割は、その設計者の孤独を分かち合うことにあります。
1. 設計者の「通訳」として
設計者の「もっと土っぽい質感が欲しい」という言葉の裏にある、本当の願いは何なのか。それを私は製造現場の言語――土の配合、窯の環境、加工の技法――に変換します。同時に、その技術的な裏付けを、施主様が理解できる「安心の疑似的事例」に再変換して伝えます。 この翻訳作業があることで、設計者はクリエイティブな思考に集中でき、施主様は専門家の言葉によって決定の迷いから解放されます。
2. 「一緒にゴールを見つけ出す」という並走
私は、タイルを納品して終わりの関係を望んでいません。 割付の細かな調整、現場での不測の事態への対応、竣工後の定期的なチェック。プロジェクトの全行程において、設計者の視点で物事を考え、解決策を提案し続ける。 「あのタイルの壁、先生と一緒に悩んで、あの製作者と一緒に作って本当に良かった」 竣工式で施主様がそうおっしゃる。その瞬間を作るために、私たちは何度でも参考現場へ同行し、何度でも議論を重ねることを惜しみません。
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第七章:審美眼が育つ過程そのものが、建築の価値になる
最後に、私が最も大切にしている信念をお伝えします。それは、「建築の価値は、完成した建物そのものだけでなく、完成に至るまでの『物語』の中にある」ということです。
最初は「レンガなんてどれも同じ」と思っていた施主様が、私たちの同行見学を通じて、目地の1ミリにこだわり、光の反射に一喜一憂し、職人の手作業に感動するようになる。この「審美眼が育つ過程」は、施主様にとって一生の財産となります。
自分の手で、建築家と一緒に、迷い抜いて選び取った壁。 その確信があるからこそ、住み始めてからの満足度は、既製品を選んだ場合とは比較にならないほど高くなります。私は、施主様を単なる「お客様」ではなく、共に最高の一軒を作り上げる「同士」へと育て上げる、その教育的なプロセスを担っていると自負しています。
今までの、様々な見学会が思い浮かびます。
