日本のレンガタイルが、自由に選べなくなる前に設計者へ伝えたいこと
――窯の現場からの証言

設計プロジェクトでは、敷地条件、用途、構造、予算、工期、法規、そしてクライアントの要望など、さまざまな要因を整理しながら素材が選ばれていきます。
レンガタイルもそのひとつです。
私は四十一年間、窯業の世界に身を置き、レンガタイルという限られた領域で、設計と製造のあいだに立つ仕事をしてきました。
設計者の判断の先で、窯を探し、焼き方を検討し、色幅を決め、寸法を詰め、試作を重ねながら素材をつくる。そうした現場を見続けてきました。
いま、レンガタイル業界は確実に縮小しています。
それは「消える」という話ではありません。
設計者が自由にこのグレードの素材を選べる時代ではなくなりつつあるという現実です。
この文章は、窯の現場から設計者の皆さんへ向けた、一人の実務者の証言です。
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設計プロジェクトには必ず複数の要因があります。
敷地条件、用途、構造、予算、工期、法規、そしてクライアントの要望。
それらを整理しながら、設計者は一つひとつ素材を選択していきます。
レンガタイルが選ばれるときも同じです。
設計概念や思想、デザインの意図があり、
そして何よりクライアントの希望があります。
そのすべてを踏まえたうえで、
「この建築には、この壁が必要だ」という判断に至ります。
私はその判断の先で、
設計者とともに手探りでゴールを探し、
工場に通訳しながら焼き方を検討し、色幅を決め、寸法を詰め、
試作を重ねながら一つの素材をつくってきました。
レンガタイルは、
過去の見本から取り出して終わる建材ではありません。
設計条件と現場条件を受け止めながら、
その都度、焼き上げていく建築素材です。
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これまでに、工場の廃業を何度も経験しました。
素材の流行が移り変わっていく現実も、業界の空気として体感してきました。
中でも忘れられない窯があります。
その窯は資本力こそありませんでしたが、
小ロットでも力を発揮できる、すばらしい還元色を焼くことができる窯でした。
窯の環境によって生まれる、再現無比の冴え渡る発色。
土の耐火度、成形、乾燥、焼成温度の積み重ねによって生まれる色幅。
建築素材として、他に代えがたい表情を持ったレンガタイルでした。
しかし、私の力が及ばず、その窯は消えました。
何もできなかった自分の無力さと、
資本力のない工場が抱えがちな、
職人気質の人情だけでは乗り越えられない現実を、
突きつけられました。
若い頃に、そうした「幻のような素材」を知ってしまったことは、
私にとって価値ある体験であると同時に、
いまもなお追い続けてしまう原風景でもあります。
しかし現実の環境では、もう同じ条件はそろいません。
残された環境のなかで、めいっぱいやることしかできない。
それが、いまの日本の窯業の実情です。
色彩のことは、言葉では伝えきれません。
実際に焼き上がったものを前にしなければ、
その違いは理解できない世界です。
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いま、レンガタイル業界は確実に縮小しています。
問題は、
誰もが自由にこのグレードの素材を選べる時代ではなくなりつつある
ということです。
これまで当たり前のように成立していた小ロット対応、
特注寸法、特注色、特注配合。
それらは、工場の技術と人の力に支えられてきました。
しかし、設備投資は進まず、人材も育たず、
後継者のいない工場も少なくありません。
結果として、
「この条件では焼けません」
「この数量では受けられません」
「この色は再現できません」
という制約が、年々増えています。
設計者が本来持つべき
「素材を選ぶ自由」は、少しずつ狭まっているのです。
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いまの社会は、コストと時間が最優先です。
効率が正義で、無駄は排除される時代です。
しかし、レンガタイルという素材は、
本質的に効率とは相容れません。
工場の人間の無報酬に近い積み重ね。
試行錯誤、失敗、焼き直し、こだわり。
そうした見えない労働の上に、一枚のタイルが生まれています。
工場だけがリスクを背負い、
長い労働時間とこだわりに付き合い続ける構造のなかで、
施主、設計、ゼネコンという上からの力関係だけで
「こだわり」と言われ続ける現実は、
正直、限界に近づいていると感じています。
それでも、現場にはまだ人がいます。
この建築のマテリアルを完成させている人間がいます。
もし設計者の皆さんが、
「この壁は、どの工場で、誰が焼いているのか」
と一度でも考えてくださるなら、
現場の人間は、もう一歩踏み出す力を持てます。
金銭だけでは動けなくなっても、
誇りと責任で動ける人間は、まだ残っています。
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私はこれまで、
建設業の末端にいるタイル職人が、
設計者から直接評価を受け、
人が変わったようにエネルギーを取り戻す姿も見てきました。
素材は、人を変えます。
建築は、人を動かします。
私はレンガタイル専門として、
経営者であり、設計の並走者として生きてきました。
しかし二〇二六年に入り、
あらためて強く感じています。
この仕事は、サラリーマン家業ではできない。
本来なら、流通の一部だけに関わる立場でよかったのかもしれない。
しかし私は、すべての現場に関わってしまった。
だからこそ、
この業界の裏側の苦しさも、
継承されない技術の現実も、
誰よりも知ってしまったのだと思います。
そう思うたびに、
「自分は最後の世代なのではないか」
そんな気持ちで、ずっと仕事をしてきました。
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それでも私は、まだ諦めていません。
設計者の皆さんにお願いがあります。
もしこの建築に、
どうしてもこの壁が必要だと思われたなら、
そのタイルがどこで、誰の手で焼かれているのかを、
ほんの一瞬でいいので想像してください。
その想像が、
この国の建築素材を、もう一世代先へつなぎます。
私はこれからも、
工場と設計者をつなぐ役目を続けます。
それが、
この仕事に人生をかけてきた者としての、
最後の責任だと思っています。
※「キサラシンジ」note より併載