『考える余地のそばで、仕事を続けている』
― 検索と効率の時代に、レンガタイルと向き合うということ

目次:
1・設計者の意向を、形にする仕事をしてきた
2・検索される素材、見えなくなる迷い
3・プラットホームという仕組みの中で
4・小規模であるという現実
5・売るためではなく、考えるために
6・比較されない立ち位置
7・別な関わり方を、提示するということ
8・同調してくれる人たちへ
9・それでも、この場所で続けていく
■1、設計者の意向を、形にする仕事をしてきた
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レンガタイルを、ただ作ってきたわけではない。
設計者の頭の中にある、
まだ言葉になりきらないイメージを受け取り、
それを形にする仕事をしてきた。
寸法や色や質感だけの話ではない。
「もう少し荒れた感じにしたい」
「光の当たり方で、表情が変わってほしい」
そんな曖昧な言葉を、どう受け止めるか。
そこからが、本当の仕事だった。
既製品を並べるだけなら、話は早い。
だが、特注生産という選択は、いつも遠回りだ。
試作を重ね、
焼きの具合を変え、
施工の方法まで含めて、何度もやり直す。
それでも、その手間を引き受けてきた。
なぜなら、設計という仕事は、
最終的に「できあがった建築」でしか
評価されないことを、
目の前で何度も見てきたからだ。
図面通りにつくったはずなのに、
完成すると、どこか違う。
その「どこか」を、誰が埋めるのか。
設計者の意向を具現化するというのは、
要望をそのまま形にすることではない。
むしろ、言葉にならない部分を想像し、
失敗の可能性を先回りして潰していく作業だ。
施工まで含めて関わるというのは、
責任が増えるということでもある。
だが同時に、
精度を高める余地が生まれるということでもあった。
レンガタイルは、
納品した時点では、まだ未完成だ。
現場で貼られ、
光を受け、
時間を経て、
ようやく建築の一部になる。
その過程を知っているからこそ、
「売ったら終わり」という考え方には、
どうしても馴染めなかった。
ところが、時代は静かに変わっていく。
建築素材は、検索されるようになった。
設計者も、施主も、
まずは画面の中で判断する。
条件を入力し、
一覧で比較し、
効率よく選ぶ。
それは合理的で、
否定できない流れだ。
けれど、画面の中では、
特注生産の試行錯誤も、
施工現場での微調整も、
ほとんど見えない。
そこに、少しだけ、
引っかかりを覚えるようになった。
設計者が本当に悩んでいるのは、
「どの商品にするか」ではなく、
「この建築に、この素材でいいのか」
という部分ではないのか。
その問いに、
検索結果は答えてくれない。
レンガタイルをつくる仕事をしてきたはずなのに、
いつの間にか、
「設計者の迷いと、どう向き合うか」を考えるようになっていた。
売るためではない。
正解を押しつけるためでもない。
ただ、
設計者の意向が、
最後までブレずに形になるように。
そのために、自分たちは何ができるのか。
今、そのことばかりを考えている。
■2、検索される素材、見えなくなる迷い
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ところが、今は建築業界も検索の時代だ。
設計者も、施主も、
まず画面を開き、キーワードを打ち込む。
――いったい、どんな言葉で検索しているのだろうか。
条件を入れれば、必要な素材のページが一覧で並ぶ。
寸法、性能、価格、施工例。
整った、どこか見慣れた情報が表示される。
それはとても便利で、正しい。
時間の限られた設計の現場では、
この合理性に助けられている場面も、確かに多い。
ただ、特注を前提とする素材づくりでは、
画面上に表示できない要素ばかりが残る。
だからこそ、結局は会って話すしかない、
という現実にも、何度も直面してきた。
ネットの表記が、
設計者の知りたい“核心”ではないことを、
こちらも、向こうも、分かっている。
そこに、素材メーカーとしての
小さくないジレンマがある。
ネットの便利さが、あまりにも自然に
「当たり前」になってしまった今、
本来は、こちら側の工夫が
より問われているのだと思う。
検索結果に並ぶ素材たちは、
どれも一見、同じように見える。
違いは数字と、
整えられた施工例の写真と、
簡潔にまとめられた説明文だけだ。
だが、設計の現場で本当に迷っているのは、
そんな単純な部分ではないことが多い。
「この建築に、この素材でいいのか」
「他に、どんな方法があり得るのか」
「この場所に、この表情は合っているのか」
そうした問いは、
検索欄に打ち込める言葉にならない。
それでも、画面の前では、
選ばなければならない。
問い合わせをしなければ、次に進めない。
決めなければ、仕事が止まってしまう。
その結果、
“納得”よりも先に、
“決定”がやってくる。
素材が悪いわけではない。
情報が足りないわけでもない。
ただ、
迷っている時間そのものが、
設計のプロセスから、
少しずつ削られているように感じることがある。
かつては、
図面を前に、準備のために立ち止まる時間があった。
サンプルを並べ、
光の入り方を想像し、
誰かと意見を交わす余白があった。
今は、その多くが、
画面の中で完結する。
もちろん、それが悪いとは思わない。
時代に合ったやり方なのだろう。
それでも、
検索結果の中には、
設計者が感じている違和感も、
言葉にならない理想も、
ほとんど映り込まない。
一覧で比べるという行為は、
優れているかどうかを判断するには向いている。
だが、
「これでいいのか」を考える時間には、
あまり向いていない。
設計者が本当に欲しいのは、
答えではなく、
考えるための材料なのではないか。
そんなことを、
検索画面を見ながら、
いつも考えている。
■3、プラットホームという仕組みの中で
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検索の時代が進むにつれて、
建築素材を扱うプラットホームも増えてきた。
多くの素材が、一つの場所に集まり、
設計者はそこから効率よく選ぶことができる。
探す側にとっては、理にかなった仕組みだと思う。
参加するメーカー側にとっても、
露出が増え、認知につながる。
そう説明されることが多い。
確かに、その通りなのだろう。
この仕組み自体を、
頭ごなしに否定する理由はない。
ただ、小規模なメーカーとして関わろうとすると、
いくつかの引っかかりが残る。
プラットホームに参加するには、
当然、一定の費用がかかる。
それは仕方のないことだ。
問題は、その先にある。
掲載するために用意されているのは、
あらかじめ決められたフォーマットだ。
寸法、性能、価格、施工例。
入力すべき項目は、ほぼ決まっている。
そこに当てはめていくことで、
情報は整理され、見やすくなる。
だが同時に、
どの素材も、どのメーカーも、
同じ文脈の中に並べられていく。
特注生産を前提とした仕事では、
そのフォーマットに
うまく収まらない部分がどうしても残る。
設計者の理想を聞き取り、
試作を重ね、
施工まで含めて精度を詰めていく。
そうした過程は、
項目として入力することができない。
結果として、
伝えられるのは「できあがった姿」だけになる。
それは、間違いではない。
だが、それだけでは足りない。
本来、設計者が悩んでいるのは、
完成形の比較ではなく、
そこに至るまでの過程なのではないか。
プラットホームの中では、
その過程が、きれいに省かれてしまう。
同じ条件、同じ見え方で並ぶことで、
違いが分かりやすくなる一方、
違いの“理由”は見えにくくなる。
小規模なメーカーほど、
その違いは説明しづらい。
人の手で判断していること。
現場で微調整していること。
設計者と何度も言葉を交わしていること。
それらは、
効率とは相性がよくない。
プラットホームの中で、
自分たちは、
何者として存在するのか。
価格なのか。
性能なのか。
施工例の見栄えなのか。
そう問いかけるたびに、
少しだけ、立ち止まってしまう。
この仕組みの中で、
同じ土俵に上がることが、
本当に自分たちの役割なのか。
そんな迷いが、
消えずに残っている。
■4、小規模であるという現実
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自分たちは、小規模なメーカーだ。
人も多くない。
予算も限られている。
できることより、できないことの方が、
はっきりしている。
正直に言えば、
大手と同じことをしようと思えば、
できない理由はいくらでも浮かぶ。
潤沢な広告費もない。
専任の広報担当がいるわけでもない。
ネットカタログを整え、
検索対策を万全にする体制も、簡単にはつくれない。
プラットホームに並ぶための準備を、
すべて同じ水準で整えることも、
現実的ではなかった。
だからといって、
努力していないと言いたいわけではない。
むしろ、
限られた中で、何を選び、
何を選ばないかを、
何度も考えてきた。
小規模であるということは、
中途半端が許されないということでもある。
あれもこれも、と手を広げれば、
どれも中途半端になる。
だから、選ぶしかなかった。
設計者の意向を聞くこと。
特注生産に向き合うこと。
施工まで含めて、
実現精度を高めること。
それ以外のことは、
意識的に手放してきた。
結果として、
分かりやすさは失われたかもしれない。
効率も、良いとは言えないだろう。
だが、その代わりに、
一つひとつの仕事の重みは、
確実に増えていった。
小規模であるという現実は、
逃げ場がないということでもある。
誰かに任せることができない判断。
最終的に、
自分の名前で引き受けるしかない責任。
特注生産では、
失敗の可能性も常につきまとう。
そのリスクを、
分散することはできない。
だからこそ、
設計者の言葉を、
軽く扱うことはできなかった。
小規模であることは、
弱さでもある。
だが同時に、
覚悟を持たざるを得ない立場でもある。
選ばなかったこと。
できないこと。
そのすべてを引き受けたうえで、
何を続けるのか。
その問いから、
逃げずにいられるかどうか。
それが、小規模で経営するということなのだと、
今は思っている。
■5、売るためではなく、考えるために
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気がつくと、
自分たちは「ものを売る」話よりも、
「どう考えるか」の話をしている時間の方が、
ずっと長くなっていた。
レンガタイルは、商品だ。
性能や価格や納期を示し、
選んでもらうための説明をする。
それが本来の役割なのだと思う。
だが、実際の現場では、
話はそこから始まらないことが多い。
図面を前にした沈黙。
言葉を探すような間。
「まだ決めきれていないんです」
という一言。
その迷いは、
設計者一人のものとは限らない。
施主の要望。
クライアントの事情。
予算やスケジュール。
それぞれの思惑が、
図面の上で重なり合っている。
設計者は、その間に立ち、
折り合いを探している。
だが、すべてを言葉にできるわけではない。
自分たちが向き合ってきたのは、
素材の話であると同時に、
その調整の難しさだった。
「できるか、できないか」
だけの問題ではない。
「どう実現すれば、
誰も置き去りにしないか」
そこに、
特注生産の難易度がある。
だから、
急いで答えを出さなかった。
一つの提案を出す前に、
何が本当に問題なのかを、
もう一度、整理する。
ときには、
設計者の案をそのまま肯定せず、
別の可能性を示すこともあった。
それが、
一時的に遠回りになることもある。
だが、その時間が、
無駄だとは思えなかった。
設計者が、
施主やクライアントに対して、
自分の言葉で説明できる状態になる。
そこまで含めて、
一つの仕事だと思ってきた。
売ることよりも、
考えることに付き合う。
その姿勢は、
効率的とは言えない。
数字だけを見れば、
不利かもしれない。
それでも、
複雑な調整を経て決まった素材は、
簡単には揺らがない。
施工の現場で、
迷いが表に出にくい。
完成したときの納得感が、
静かに残る。
それを、何度も見てきた。
だから、自分たちは、
売るための説明よりも、
考えるための時間を、
今も手放していない。
■6、比較されない立ち位置
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気がつけば、
自分たちは、
あまり比較されない場所に立っていた。
価格で並べられることも少ない。
性能表の中で競われることも、ほとんどない。
ランキングやおすすめに載ることもない。
それが不安でなかったと言えば、
嘘になる。
比較されないということは、
選ばれにくいということでもある。
分かりやすさを欠き、
説明に時間がかかる。
効率を考えれば、
同じ土俵に上がった方が、
楽な場面もあったはずだ。
それでも、
いつの間にか、
同じ土俵に立たない仕事の仕方が、
当たり前になっていた。
設計者の迷いに付き合い、
施主やクライアントとの調整を重ね、
特注で形にし、
施工まで含めて精度を詰めていく。
その一連の流れは、
比較するための材料になりにくい。
だが、
比較できないということは、
代わりがきかないということでもある。
この素材でなければならない、
というよりも、
このプロセスでなければ成り立たない。
そういう仕事が、
少しずつ増えていった。
分かる人は、
最初から、
こちらを探してくる。
検索ではなく、
紹介だったり、
過去の現場だったり、
誰かの記憶を辿って、
たどり着く。
そのときに求められているのは、
カタログではない。
派手な実績でもない。
「一緒に考えてくれるかどうか」
ただ、それだけだったりする。
数は多くなくていい。
誰にでも届かなくていい。
むしろ、
すべての人に向けた言葉は、
誰にも届かないことがある。
小規模であるということは、
選ばれる理由を、
自分たちで引き受けるということだ。
比較されない立ち位置は、
楽な場所ではない。
だが、
逃げ場のない場所でもある。
だからこそ、
誤魔化しがきかない。
姿勢そのものが、
そのまま仕事になる。
この場所で続けるという選択を、
今は、
それほど悪くないと思っている。
■7、別な関わり方を、提示するということ
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これから何をするのか、と聞かれることがある。
正確に言えば、
「これから、どうやって発信していくのか」
という意味なのだと思う。
だが、その問いに、
分かりやすい答えを用意することが、
どうにも難しかった。
新しい商品を増やすわけでもない。
価格を下げるわけでもない。
便利な仕組みをつくるわけでもない。
むしろ、
これまでやってきた関わり方を、
もう少し丁寧に、
言葉にしていくだけなのかもしれない。
設計者が悩んでいること。
施主やクライアントとの間で、
うまく整理できずにいること。
素材を選ぶ以前に、
立ち止まっている時間。
そうしたものは、
ネットの中では、
ほとんど共有されない。
だからこそ、
答えを用意するのではなく、
問いを差し出したいと思うようになった。
「この建築で、
本当に大切にしたいことは何か」
「なぜ、その表情でなければならないのか」
すぐに結論が出なくてもいい。
むしろ、
すぐに出ない方がいい問いもある。
それについて、
一緒に考える時間をつくる。
それが、
自分たちにできる、
別な関わり方なのだと思っている。
ネットで見つからなくてもいい。
一覧で比べられなくてもいい。
その代わり、
会話の中で、
少しずつ輪郭が立ち上がってくる。
そんな関係性を、
これからも大切にしたい。
発信も、
同じ延長線上にある。
完成した答えを並べるのではなく、
考えている途中のことを、
そのまま差し出す。
うまく言葉にならない迷いも、
試行錯誤の痕跡も、
できるだけ隠さずに。
それに対して、
同じように立ち止まっている誰かが、
何かを感じ取ってくれればいい。
多くの人に届かなくてもいい。
評価されなくてもいい。
ただ、
同じ違和感を抱えている人と、
どこかでつながれたら、
それで十分だと思っている。
■8、同調してくれる人たちへ
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この文章は、
多くの人に向けて書いているわけではない。
むしろ、
ほとんどの人には、
通り過ぎられてしまうのだと思う。
それでいい。
建築の仕事に携わっていると、
分かりやすさや即効性が、
強く求められる場面が多い。
早く決めること、
効率よく進めること。
それらが否定されるべきだとは思わない。
ただ、その流れの中で、
どこか息苦しさを感じている人が、
少なからずいることも、
現場で感じてきた。
「本当は、もう少し考えたい」
「でも、立ち止まる余裕がない」
そんな気持ちを、
胸の奥にしまったまま、
仕事を進めている人たちがいる。
この文章は、
そうした違和感を抱えた人にだけ、
そっと届けばいいと思っている。
派手な成功談も、
再現性のあるノウハウも、
ここにはない。
あるのは、
現場で迷い、
立ち止まり、
それでも続けてきた、
一つの仕事の姿勢だけだ。
同じように、
素材を選ぶことの重さを感じている人。
設計と現実の間で、
何度も調整を重ねている人。
簡単に答えを出すことに、
少しだけ抵抗を感じている人。
もし、この文章を読みながら、
どこかで足が止まったなら、
それは、
同じ場所に立っているということなのかもしれない。
無理に同意しなくていい。
すべてを共有する必要もない。
ただ、
「分かる気がする」
その一瞬があれば、
それで十分だ。
仕事のやり方は、
人の数だけある。
正解も、一つではない。
だからこそ、
少数で、
マニアックで、
説明に時間がかかる関わり方も、
どこかに残っていていい。
この文章が、
同じ違和感を抱えた誰かにとって、
立ち止まるきっかけになれば、
それ以上のことは望まない。
■9、それでも、この場所で続けていく
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この文章を書きながら、
何度も考えた。
これが、誰の役に立つのだろうか、と。
業界を変えたいわけでもない。
新しい正解を示したいわけでもない。
ただ、
自分たちが、
なぜこの仕事を続けているのかを、
一度、言葉にしておきたかった。
レンガタイルをつくる仕事をしている。
小規模なメーカーとして、
設計者と向き合い、
特注で形にし、
施工まで含めて精度を詰める。
それは、
効率の良い仕事ではない。
分かりやすくもない。
数字にしにくいことばかりだ。
それでも、
現場で交わした会話や、
図面を前にした沈黙や、
完成した建築を前にした
あの静かな納得感を思い出すと、
間違っていなかったと思える。
時代は変わる。
検索は、さらに速くなり、
仕組みは、もっと洗練されていくだろう。
その流れに、
抗うつもりはない。
否定するつもりもない。
ただ、
すべてが効率に回収されてしまわないように、
考える余地だけは、
どこかに残っていてほしい。
自分たちは、
その余地のそばに、
静かに立っていたいと思っている。
選ばれなくてもいい。
目立たなくてもいい。
それでも、
必要とされたときに、
きちんと応えられる場所でありたい。
答えを出す前に、
一緒に考える。
迷いを、
簡単に切り捨てない。
それが、
これまでやってきたことであり、
これからも続けていくことだ。
今日もまた、
どこかで誰かが、
素材を前に立ち止まっている。
そのとき、
この仕事のことを思い出してもらえたら、
それで十分だと思っている。
小規模なレンガタイルメーカーとして
今日も、考えながら仕事をしています。
※「キサラシンジ」note より抜粋